~機械学習で親指の動きから推定、早期診断へ~
ポイント
- 手のしびれや指の動きにくさを引き起こす手根管症候群の、簡便な検査方法が望まれていた。
- 症状のない12人の被験者からスマホゲームで親指の動きのデータを取得して機械学習で疾患の有無を推定するツールを開発し、高い推定精度を得た。
- 自宅などで簡単に検査し、専門医受診、重症化予防へつなげるシステムを目指す。
<研究の背景と経緯>
手根管症候群は手首の部分で正中神経が圧迫されて起こる疾患です。中高年女性の2~4パーセントに発症するとの報告もあるほど頻度が高い疾患ですが、症状は徐々に進行し、受診と治療開始が遅れがちです。整形外科専門医を早期に受診することが推奨されていますが、受診する前に重症化してしまっていることも多くあります。
重症化するとしびれが辛く、親指を使ってつまむなどの細かい動作がしにくくなる上に、手術をしても回復には時間がかかるため、日常生活、社会活動に大きな支障をきたします。神経伝導速度検査は手根管症候群の正確な診断に必須ですが、機器が高額で、検査には専門的な知識と経験も必要なため、普及は専門病院にとどまっています。
<研究の内容>
本研究では、手根管症候群の簡易スクリーニングシステムの開発を目指しました。普及率の高いスマートフォンでできるゲームアプリで、プレイ中の親指の運動を解析し、異常検知手法を用いた機械学習により疾患有無を予測する推定モデルを構築しました。
開発したスマートフォン用ゲームアプリでは、動物のキャラクターを親指で動かして、画面上の周囲12方向から次々と現れる野菜を取ります(図1)。操作時に親指以外が動かないよう、ホルダーで手を固定してプレイします(図2)。30秒から1分程度の簡単なゲームで遊ぶだけで親指の動きのデータを取得できます(図3)。
12方向分の親指の軌跡データを取得し、ニューラルネットワークの仕組みの1つであるオートエンコーダを用いて推定モデルを構築します。今回は手根管症候群のない被験者12人のデータから推定モデルを構築しプログラムを作成しました。
このプログラムを、症状のない新たな被験者15人と手根管症候群患者36人のデータに適用して推定精度を検証した結果、感度93%、特異度69%、AUC0.86という高い精度が得られました。整形外科の専門医が診察時に行う身体所見と同等かそれ以上の精度といえます。
図1 ゲーム画面
図2 ホルダーによる固定
図3 ゲーム中の親指の動き
<今後の展開>
本研究により、身近なスマートフォンを使い、自宅など専門医のいない環境でも簡便かつ短時間で検査できるツールを開発しました。今後は、症状の自覚が乏しい場合でもスマートフォンを使うだけで症状の可能性を示唆し、適切な時期に専門医受診を促すシステムの開発を目指します。手根管症候群は女性に多い疾患であり、早期診断と重症化予防のシステムにより女性の活躍にも貢献できると考えています。
また、医療現場でも疾患保有者のデータの蓄積には時間がかかりますが、今回のような異常検知手法の医療への導入は、患者数が少なく異常値のデータセットの拡充に時間がかかるような疾患のスクリーニングにも応用できると考えられ、手法の発展が期待されます。
掲載誌:JMIR mHealth and uHealth
論文タイトル:Screening Method by Anomaly Detection for Patients with Carpal Tunnel Syndrome Using a Smartphone: Diagnostic Case-Control Study
論文DOI: 10.2196/26320
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